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1 視覚障害者の現状とサポートの必要性

(1) 日常生活の必須ツールとしてのICT

視覚障害者の二大困難は、「読み書き」と「歩行」と言われています。1990年代にはPC-Talkerなどの読み上げソフトや音声ブラウザーが開発され、視覚障害者もパソコンやインターネットを使用できるようになりました。情報の入手やメール、買い物ができるようになり、当事者は素晴らしいことだったと評価しています。

2009年に、ボイスオーバーが組み込まれたiPhoneが発売され以来、iPhoneはOCRアプリ、各種SNSアプリ、歩行補助アプリ、キャッシュレス決済アプリなど多くのアプリが開発され、生活のさまざまな場面で活用されています。

一方、国勢調査のインターネット回答、キャッシュレス決済の促進、Go To eat、マイナポイント制度、新型コロナウィルス接触確認アプリCOCOAの推奨など、スマフォやパソコンを使えることを前提にした政策が展開され、今後も、このような政策やサービスがますます広がるものと思われます。また、民間ではそれ以上にこのようなサービスが増えています。

視覚障害者にとっては、パソコンやiPhoneなどICT機器は必須の日常生活ツールと言えます。さらに、ICTを用いたサービスが増えていく状況においては、視覚障害者のICT利用スキルがますます強く必要とされています。

(2)視覚障害者のICT利用実態

 平成28年の生活のしづらさ調査(厚生労働省)によると、65歳未満の視覚障害者のパソコン利用が21.9%、スマートフォン・タブレット端末の利用が24.7%と、健常者と比較すると非常に低い割合となっています。65歳以上では、パソコン利用が5.1%、スマートフォン・タブレット端末の利用が1.7%と、さらに低い割合になります。65歳未満と65歳以上の視覚障害者の割合を勘案すると、約8割の視覚視覚者がICTを有効に使っていないと推測できます。

 ICT機器を有効に活用できる視覚障害者は、ある意味において豊かなくらしができますが、ICT機器が使えない人には、それらの恩恵を享受することができません。このような格差をデジタルデバイドと言いますが、視覚障害者の間のデジタルデバイドの解消を進めていくことが今強く求められています。

<参考資料>

(3) 視覚障害者のICTの利用方法

 視覚障害者は、一般のパソコンやiPhoneを使用しますが、操作方法は晴眼者とは大きく異なります。まず、パソコンもiPhoneも画面を読み上げるスクリーンリーダーというソフトを導入する必要があります。

 パソコンではマウスを使わずにキーボードだけで操作を行います。スクリーンリーダーによって読み上げられた画面情報に応じて、キーボードによって文字またはキーを入力して、操作を行います。操作には、矢印キーやTabキー、Ctrlキー、Altキーなどキーボードの周辺キーを主に使用します。また、Windowsやそれぞれのアプリケーションソフトで決められたショートカットキーも利用されます。そのため、視覚障害者がパソコンを始める場合、まず、キーボードのそれぞれのキーの位置を覚えなければなりません。

 iPhoneの場合、ボイスオーバーというスクリーンリーダーが標準で内蔵しており、簡単にボイスオーバーを立ち上げることがきます。ボイスオーバーの音声を聞き、指を使ったジェスチャーで操作を行います。ジェスチャーには、左右の1本指のスワイプ、タップ、ダブルタップに加えて、2本指や3本指、4本指を用いたもの、さらに、ローターの操作など多くの種類があります。操作の状況に応じて適切なジェスチャーを行う必要があり、晴眼者の操作と比較すると操作方法が複雑になります。

(4) サポートの必要性

 健常者がパソコンの学習を始める場合、画面を読みながら、マウスを使い、試行錯誤を繰り返すことによって、パソコンの大まかな操作方法を理解することができます。また、ブラウザーやワードなどのアプリケーションソフトを使う場合も思考錯誤によってある程度操作スキルを獲得できます。スマートフォンの場合も、スワイプやタップを行い、思考錯誤を繰り返すことで、利用できるようになります。健常者の場合、パソコンやスマートフォンの操作方法を独習でき、また、携帯ショップや知人から助言を得ることもできます。

 一方、視覚障害者は、パソコンやiPhoneの操作が複雑なため独習が困難で、また、操作方法を教えられる人が身近には少ないという状況にあります。そのため、視覚障害者がパソコンやスマートフォンを使い始めるときは、講習やサポートが必ず必要となります。

(5) 「誰一人取り残さない」

 2021年3月9日の国会でデジタル庁法案の審議が始まりました。情報弱者への支援に関する質疑において菅首相は「誰一人取り残さないという視点が不可欠」と答弁しています。これは、デジタルデバイドの解消を意味し、これからのデジタル社会改革の大前提となるもので、非常に重要な言葉と考えます。デジタルデバイドを解消するため、総務省が地域の補助事業として平成2年度から「デジタル活用支援員制度事業」を発足させています。

 この事業は、主に高齢者を対象にしたものですが、視覚障害者にも適用できるものと思われます。地域の視覚障害者のICT未利用者の半減を目指して、この事業を活用してはどうかと考えます。

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2 視覚障害者を取り巻くICT環境の変化

(1) Windowsのスクリーンリーダー

  日本では、WindowsのスクリーンリーダーとしてPC-Talkerが圧倒的シェアを有しています。視覚に障害のない人は追加費用なしでパソコンを使用することができるのに対して、視覚障害者はパソコンを購入しても、高価なスクリーンリーダーを購入しないと使用できません。米国では、このスクリーンリーダーの購入代金のことを、”Blindness Tax”と呼んでいます。

 約10年前に登場したNVDAというスクリーンリーダーは、視覚障害者が情報技術にアクセスすることを阻害している、経済的また社会的バリアを下げることを理念として、オーストラリアの2人の視覚障害者によって開発されました。NVDAの特徴は、オープンソースのソフトウェアであり、無料で利用できること、および、世界中の多くの視覚障害者が利用していることです。

 NVDAの普及が望まれますが、NVDAの使用方法を教えられる講師やサポーターが少ないこと、また、ユーザー向けテキストも少ないことが課題と思われます。

 また、PC-Talkerの圧倒的なシェアを考えると、サポーターはPC-Talkerの訓練が不可欠で、サポート団体において準備する必要があります。

(2) iPhoneの登場:第一世代の支援技術から第二世代へ

 iPhoneにVoiceOverが組み込まれた2009年、アメリカのAFB(American Foundation for the Blind)が発行するAccess Worldという雑誌では、iPhoneを「革命的なデバイス」と高く評価しています。その理由として、VoiceOverがiOSに組み込まれていることから、”Blindness Tax”がないこと、また、アプリのアクセシビリティが確保されることでした。

 ネットショッピングやSNSアプリを用いた情報交換、政府系や民間の各種サービスの利用のほか、視覚支援や歩行支援などiPhoneの利用の場面は、広がっています。パソコンが「読み書き」を支援したのに対して、iPhoneは、視覚支援や歩行支援といったパソコンにない特徴を持っています。ことから、パソコンを第一世代の支援技術とすると、iPhoneによる支援技術は第二世代の支援技術ということができます。

 SNSや各種サービスを利用するアプリは、視覚障害者用に開発されたものではなく、視覚障害者は一般アプリを使用しています。一般アプリには、「ボタンの名前を読み上げない」「読み上げない部分がある」「カーソルが移動できない」などアクセシビリティの問題を有するアプリが少なくありません。例えば、アクセシビリティに一部問題のあるキャッシュレス決済アプリでは、ボタン名をVoiceOverに登録するなど工夫をして、「だましだまし」利用している人もいますが、お金に関することなので不安のあるアプリは使わないとする人も少なくありません。

 iPhoneがさらに視覚障害者の生活の中に浸透していくためには、このアクセシビリティの改善を進める必要があります。利用者がアプリの制作者に対して改善要請を行い、制作者にアクセシビリティについて知ってもらうことが大切です。現在、アプリのアクセシビリティに関して法的な規制やガイドラインはありませんが、視覚障害者側がガイドラインを作成し、制作者側に提示することが今後期待されます。

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3 講習会・個別サポート

(1) 講習会

 1人の講師が数名の受講者に対して講習を行いますが、各受講者に少なくとも1人のサポーターを配置し、講習中の脱落者の防止を図ります。講習会の利点は、同一カリキュラム、同一内容の講習を行えることです。点字や拡大文字のテキストを準備することで、講習の理解を深めるとともに、自宅学習の支援を行うことができます。また、楽しく学べる、理解しやすい説明方法、動機付けの強化、講習会後のフォローアップなど、ドロップアウトを出さない工夫が大切です。

(2) 個別サポート(訪問サポートを含む)

 ユーザーが希望することについてサポートを行なうもので、その内容はiPhoneのVoiceOver入門からパソコンのアプリの設定まで、さまざまで広範に渡ります。ユーザーからサポート希望内容を事前に聞き取り、その内容をサポートできるボランティアがサポートを担当します。

 個別サポートでは、このマッチングの作業が非常に重要であり、ボランティア各自の得意分野を把握しておかないといけません。

(3) 遠隔サポート

 新型コロナウィルス感染拡大防止のため、遠隔サポートが注目され、そのニーズが高まっているところですが、この感染症の収束後も、そのニーズは高まっていくものと思われます。

 サポーターならだれでも遠隔サポートができる訳ではありません。遠隔サポートするためには、例えば、PCからフィードバックされる音声だけで現在の状況を理解できることが必要です。多くの晴眼者のサポーターは、主に視覚を利用してのサポートを行なっていますので、すぐにはユーザーの満足できる遠隔サポートをできないでしょう。今後、遠隔サポートができるサポーターを養成することが課題といえます。

(4) 講習会のプログラム例

① 基本操作
  • 電源の入れ方、ボタンやカメラの位置と操作、ボイスオーバーの設定
  • ホーム画面の理解、各種ジェスチャーの練習、指紋・顔認証の設定
  • 電話の受け方、かけ方、Siriの利用、アプリの起動
  • ボイスメモ、文字入力、音声入力、キーボードの設定
  • アプリのダウンロード方法、wi-fiの設定
②基本アプリの利用
  • メールアプリ
  • Safari(インターネット閲覧)アプリ
  • カメラ、写真アプリ
③便利なアプリの利用
  • 視覚支援アプリ
    • Seeing AIアプリ:カメラを使い、印刷文字を読み取る
    • UniVoice Blindアプリ:カメラを用いて、印刷物の音声コードを読み上げる。
    • NaviLensアプリ:カメラを使い、情報が埋め込まれた専用のタグの情報を読み取る。
    • これなにメモ:前もって物体の写真とメモを登録しておくと、カメラを向けた物体のメモを読み上げる。
    • Google翻訳アプリ:カメラで文字を読み取ったり、音声をテキストに変換したりする。また、外国に翻訳をする。
  • 歩行補助アプリ
    • BlindSquareアプリ:現在地と目的地の方位や距離を知らせてくれる。
    • マップアプリ:ターンbyターンの情報を知らせてくれる。
    • レコナビ:歩行ガイド中の音声を地図上の位置とあわせて録音し,再生する。
  • SNSアプリの利用: Line, Twitter, FaceBookの登録と使い方、
  • Zoomアプリ:オンライン会議への参加
  • キャッシュレス決済:Apple Pay やコード決済の使い方
  • Be My Eyeアプリ:写真または動画を送付し、晴眼者のボランティアに必要なところを見てもらう。
  • ネットショッピング:
④iPhoneによる行政手続き
  • マイナンバーカードの申請方法、利用方法
  • マイナポータルの活用方法、カードの健康保険証利用
  • e-TAXの利用方法
  • 医療機関におけるオンライン予約・診療

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4 ICTサポート団体

(1) サポート団体の種類

 サポート団体は、障害者ICTサポートセンター、NPO法人、ボランティア団体の3種類に大別できます。

 障害者ICTサポートセンターは自治体が設置した機関で、その多くは当事者団体が運営しています。サポーター養成講座を開催し、その修了者をサポーターに委嘱し、サポート依頼があった視覚障害者宅に派遣し、ICTの使い方を指導します。

 一方、ICT活用をサポートするNPO法人、ボランティア団体は早くから活動をしており、その起源は2010年以前と思われます。2010年頃に200を超える団体が全国で活動していましたが、2020年には活動している団体は半減しています。半減の原因は、自治体のICTサポートセンターが充実したためではないかと推測します。NPO法人やボランティア団体は、その活動に特徴を持たせることが重要であるとともに、ICTサポートセンターとの役割分担と協調体制が必要と思われます。

<参考資料>

全国のICTサポート団体(広島市視覚障害者情報支援センター作成)

(2) 視覚障害者の意見の反映

 ICTサポート団体は、視覚障害者の意見が反映される仕組みを取り入れることが必須と思われます。この仕組みがないと、団体の自己満足的な活動に終わってしまう恐れがあります。例えば、1960年代の米国の障害者自立生活センターでは障害者が意思決定機関のメンバーの51%以上を占めることを決めた規定が有名です。また、NVDAを開発したNV Accessも同じような規定を採用しています。

 視覚障害者の意見反映の方法は、先のような規定を定めること以外にも、視覚障害者の会員が複数いること、また、定期的に視覚障害者から意見を聞く公聴会制度のようなものでも可能でしょう。

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5 サポーターの募集と養成講座

(1) サポーターの専門性と募集方法

 講習会や個別サポートでは、ICTサポーターが重要な役割を担っています。ICTサポーターの特徴として、他のボランティア活動と比較してICTサポートそのものの難しさや専門性を挙げることができます。晴眼者ですと、パソコンを自由に操作できることを前提として、その上に、スクリーンリーダーの使い方や、アプリケーションごとの使い方をマスターしなければなりません。

 その専門性のため、サポーター養成講座(勉強会)の案内の仕方も考慮しなければなりません。社会福祉協議会では、さまざまなボランティアを希望する人が出入りしていますが、ICTサポートに適した人は少ないようにと思われます。そのため、サポーター養成講座の案内を幅広く行うことが必要で、特に、IT関係のイベントや団体、工業高校教員・生徒、理系大学生に案内することも効果があるのではないかと思います。

(2) 講師・サポーターの障害の有無

 全盲やロービジョンの人つまり当事者がサポート(講師も含めて)をする場合、また、晴眼者がサポートをする場合があります。当事者サポーターは「かゆいところに手が届くようなサポート」をしてくれるとユーザーはその指導方法を高く評価しています。また、当事者がサポーターであるということで、ユーザーは障害があっても自分も努力すればできると励まされると言われています。

 晴眼者サポーターは、晴眼者には気づかないことが多々あり、晴眼者サポーターが単独で努力しても当事者ボランティアと同じように、「かゆいところに手が届くようなサポート」はできないことがあります。しかし、晴眼者サポーターは、目隠しをしてスクリーンリーダーの訓練を行う、また、サポーター勉強会等において当事者の操作方法の特徴について意見交換を行うことにより、晴眼者サポーターの質の向上が期待できます。

(3) 当事者・晴眼者がサポートを行う場合の長所・短所

 それぞれの長所・短所をまとめてみると、次のとおりです。

  • 当事者がサポートをする場合の長所
    • ユーザーに励ましと強い動機付けを与えることができる。
    • ユーザーの立場にあった、きめ細かな教示が可能である。
    • 少し訓練をすれば、サポーターとして活躍できる潜在的サポーターは多い。
  • 当事者がサポートをする場合の短所
    • 視覚障害者でサポートをできる人が少ない。
    • 視覚が必要な場合に備え、晴眼者のサポーターも必要である。
  • 晴眼者がサポートをする場合の長所
    • 受講生が少ないと他のサポーターが不要である。
    • 訓練環境が整えば、多くのサポーターを養成できる。
  • 晴眼者がサポートをする場合の短所
    • 講師、サポーターのための訓練が必要である。
    • 視覚障害者の立場に立ったきめ細かな教示ができない時がある。

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6 ICTサポートに関する課題

(1) デジタルデバイドの解消

 視覚障害者の約8割の人がICTを有効に活用していないと推測されます。パソコンやiPhoneを利用する人と利用しない人の間の格差が生まれています。このデジタルデバイドを解消することがデジタル社会の大前提となります。

①ICT未利用者の特徴

 パソコンを利用しない人の今後の利用希望については、「利用したいと思う」が11.1%、「利用したいとは思わない」が45.6%、「わからない」が19.9%で、ここで注目すべきことは、約半数の人が利用したいと思っていないことです。このことがデジタルデバイド解消の大きな障壁になっていると思われます。

 今後もICTを利用しないとする人は、ICTを利用することで障害の一部が補償でき、生活が便利になるなどICT利用の効用を知らない、または、その効用は知っているがその操作が難しいと思っているものと推測されます。ICT未利用者に、ICTの効用を伝えたり、わかりやすく操作方法を教えたりするサポーターや団体が身近に必要です。デジタルデバイド解消にはそのようなサポーターや団体を各地域で育成することが重要です。

 もう一つ重要なことは、ICT未利用者は潜在化していることです。姫路市には1,800人の視覚障害者がいますが、視覚障害者福祉協会に属している人はわずか約80人と言われています。未利用者にICTの効用を伝えるにしても、組織的にICT未使用者を開拓する方法を検討しなければなりません。

②2つのルートとローテク広報

 潜在するICT未使用者へのアプローチ方法として、「民生・児童委員」と「眼科医会によるスマートサイト」を挙げることができます。民生・児童委員は、住民に最も近い組織として、常時から障害者の家庭を把握し、その人のニーズに応じたサービスに関する情報を提供することを役割としています。

 民生・児童委員によるルートは、民生・児童委員を対象にICT講習会を開催し、ICTの効用や簡単な操作方法を理解・実感してもらい、民生委員活動の中で該当者にICT利用を勧めるとともに、サポート団体を紹介してもらうという方法です。また、同行援護ボランティアや歩行訓練士も視覚障害者の状況を把握できる職種であり、同じような方法でICT未使用者の発掘が可能と思われます。発掘には、ICTを利用したハイテクではなく、人を介したローテク戦略を展開することが大切です。

 一方、スマートサイトは、眼科医が福祉の支援が必要となったロービジョンの患者に対して生活訓練・支援、教育機関、就労支援、視覚障害者団体など訓練相談施設を紹介したリーフレットを手渡すというものです。そして、患者は総合相談センターに相談を行い、適切な支援施設を選択し、訓練・支援を受けます。兵庫県においてもスマートサイトが実施されています。

 県によって違いがあるようですが、スマートサイト経由でICTサポート団体への相談や問い合わせが増えている事例もあるようです。地域のICTサポート団体名をそのスマートサイトに記載してもらうことが、まず第一歩となります。

<参考資料>

スマートサイトの例(三重県)

(2) アクセシビリティ問題

① ウェブのアクセシビリティと技術基準

 画像認証を採用した各種サービスのユーザー登録ページなどでは、画像認証の代替手段も提供されていない場合や代替手段にも問題のある場合があり、視覚障害者にとって大きなバリアになっています。また、「画像に代替テキストがない」「リンクなどのコントロールを読み上げない」「フィードバックがない」などアクセシビリティに問題のあるWebページが少なくありません。1999年にシドニーオリンピック(2000年)の案内ウェブに読み上げないところがありました。それにも拘らず、点字等の代替手段がなかったとして、視覚障害者がDDA(障害者差別禁止)法遵守局に提訴しました。裁判において,オリンピック委員会はウェブサイトをアクセス可能にするよう命令されましたが、実行しなかったので2百万ドルの賠償が言い渡されたことは、有名な出来事として記憶されています。

 ウェブコンテンツのアクセシビリティに関する技術基準(WCAG1.0)が、W3C(ワールド・ワイド・ウェブ・コンソーシアム)のアクセシビリティを担当するWAI(ウェブ・アクセシビリティ・イニシアチブ)によって1999年に策定され、現在はWCAG2.0に改訂されています。一方、日本はウェブコンテンツの技術基準としてJIS-X 84341-3を策定していますが、日本語特有の部分を除き、WCAG2.0とほぼ同じ内容となっています。

② 諸外国の規制

 アメリカでは、リハビリテーション法508条によって、政府が一般の人に提供するサービスや政府職員が使用する情報機器は、障害のある人も、障害のない人と同等に利用できなければならないという政府の調達に関する規制があります。2017年の改正によって技術基準をWCAG2.0のレベルAAとし、それを達成することが義務づけられています。

 一方、民間Webページは、リハビリテーション法508条の対象外ですが、障害にもとづく差別を禁止するADA法(障害のアメリカ人の法律:障害者差別禁止法)を根拠として、民間のウェブサイトのアクセシビリティに関する訴訟が多く起きており、それらの判決では、障害者がアクセスできないウェブサイトは差別にあたると解釈されています。つまり、民間のウェブサイトとともに実質的にアクセシブルであることが義務づけされていると考えられます。

 また、オーストラリアやEU諸国では、政府系ウェブサイトはWCAG2.0のレベルAAに適合することが義務付けされています。なお、EUでは2019年に欧州アクセシビリティ法(European Accessibility Act、EAA)が成立し、Webページやアプリを含む広範なICTを対象に、公共機関、民間の区別なく、アクセシビリティ対応が今後求められるようになる予定です。

③ 日本の規制:アクセシビリティと障害者差別解消法

 2016年に施行された障害者差別解消法では、「障害を理由にした不当な差別的取扱の禁止」と「合理的配慮を行うこと」が規定されています。アクセシビリティに問題のあるウェブページやアプリは、障害のない人はそのページにアクセスできるのに対して、特定の障害のある人がアクセスできないのは、明らかに「障害を理由とした不当な差別的取扱」に当たると思います。しかし、総務省では、障害者差別解消法の第5条の「環境の整備」に位置付けています。「環境の整備」は、行政機関、民間事業者とも義務ではなく、努力義務になっていますので、日本の現状では、法律によってアクセシビリティを強制することができません。

 そこで、総務省では、みんなの公共サイト運用ガイドライン(2016年)を作成し、全省庁、地方自治体にウェブサイトのアクセシビリティ化を要請しています。要請の内容は、アクセシビリティ指針の作成と公開、目標の設定と確認、確認結果の公表などです。目標は、先ほどのJIS-X 8341-3のレベルAAに準拠すること、そして、達成するべき期限を定めています。

 例えば、アライド・ブレインズ株式会社では、省庁と自治体のウェブページについてJIS対応調査を実施しています。その調査結果によると、自治体間で大きな違いが見られますが、JISに適合しているページが徐々に増加しています。このように、公的機関のウェブページについては、総務省がアクセシビリティの改善要請を行うことによって、その改善効果が徐々に表れています。しかし、民間のウェブページについては、環境の整備を行う努力義務があるものの、事実上民間の自主性に任せている状態です。

④アクセシビリティ確保への対処

 アプリを含めてアクセシビリティの確保への対処は、いくつかのレベルで考えることが必要です。

■ 個人レベルでの対処

「写真の代替テストがない」「ボタンを読み上げない」「コントロールを操作できない」などを発見した場合、ユーザー個々、または、サポーター個々が管理者や開発者に改善要請を行うことが大切です。同時に、アクセスビリティの重要性、視覚障害者のパソコンやiPhoneの使い方、技術基準、できればその実装方法などについても知らせることが望まれます。

■ サポート団体、当事者団体としての対処

 アクセシビリティの問題事案について、ユーザーとサポーター、サポート団体の間において共有することが大切です。さらに、開発者の団体やグループの会合やイベント等で、視覚障害者のパソコンやiPhoneの使い方を説明し、開発者側にアクセシビリティについて理解を深めてもらうことも、ICTサポート団体の役割でしょう。

 しかし、これらのことは、個々のサポート団体とっては負担が重く、サポート団体を支援する全国組織団体も必要となります。

■ 法的な対策

 アクセシビリティに関して日本の法的規制は義務ではなく、努力義務なので、諸外国と比較すると緩いと言わざると得ません。抜本的な解決を目指すのであれば、法的規制の強化が必要と思われます。

<参考資料>

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7 国の助成施策

(1) 障害者ICTサポートセンター

 障害者ICTサポートセンターは厚労省の任意の補助事業(1/2の補助)として設置が進められています。2020年度の設置状況は、27の都道府県と5の政令指定都市がセンターを設置していますが、半数近い県で未設置の状態が続いています。なお、兵庫県では、県立点字図書館および県立聴覚障害者情報センターという機関がICTサポートセンターの機能を担っています。

 ICTサポートセンターが担う事業は、(A)障害者に対するICT機器の紹介や貸出、利用に係る相談等を行う総合的なサービス拠点を設置し運営する事業、(B)障害者に対し、ICT 機器の利用操作等について支援を行うパソコンボランティアの養成・派遣を行う事業などです。

 ICTサポートセンターの多くは、行政直営ではなく、行政の委託を受けた障害者団体や株式会社等が運営しています。具体的には、ボランティアを養成し、必要な視覚障害者へボランティアを派遣します。このサービスでは、その経費を予算枠まで使い切ってしまうほど利用者が増加しているセンターもあるようです。このサービスが視覚障害者のニーズに応えたものであったためと思われます。

 行政のサポートセンターであっても、実際に視覚障害者のサポートを行うのは、有償も含めてボランティアであり、ボランティアが重要な役割を担っていると言えます。

<参考資料>

(2) デジタル活用支援員制度(総務省の補助事業)

デジタル活用支援員制度の概要は次のとおりです。

  • 高齢者や障害者など情報弱者が取り残されないよう、地域においてデジタル活用支援員がICT機器・サービスの利用方法について教えたり、相談を受けたりするなど、ICTを学べる環境を作る。
  • 相談、講習内容は、スマートフォンの基本的な利用方法、スマートフォンによる行政手続等に関する講座など。
  • デジタル活用支援員制度は、令和2年から総務省の10/10の補助事業として実証事業を開始し、4、5年続けられるようだ。
  • 支援員制度事業は、地方自治体を含む、関係地域団体が協議会を作ることが前提で、協議会の各加盟団体が支援員の支援を行う。
  • 菅首相も国会でデジタル社会改革について「誰一人取り残さない」と答弁しています。
  • キーワードは、「誰一人取り残さないデジタル社会改革」
<参考資料>

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8 視覚障害者のICT利用に関する情報サイト

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